「世に棲む日日」@吉田康人

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zoom RSS 「寡欲」が心を養う

<<   作成日時 : 2009/03/15 18:42   >>

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【「世に棲む日日」(司馬遼太郎著)シリーズ(4)】

 「寡欲」についてのこのくだりも難解です。

<<松陰はやむなく語った。要するに人間には精気というものがある。人それぞれに精気の量はきまっている。松陰によればよろしくこの精気なるものは抑圧すべきである。抑圧すればやがて溢出する力が大きく、ついに人間、狂にいたる。松陰は、この狂を愛し、みずから狂夫たろうとしていた。それが、おのれの欲望を解放することによって固有の気が衰え、ついに惰になり、物事を常識で考える人間になってしまう。自分は本来愚鈍である。しかしながら非常の人になりたい、非常の人とは、狂夫である、何人でも狂夫になり得ると思う。欲望さえおさえれば、だが。と、松陰はいった。
「たれから教わった」
「孟子だ」
 と、松陰は答えた。孟子はこの青年にとって終生の道標であった。孟子はいう、「心を養うには欲をすくなくするよりいい方法はない」と。松陰はこのことばに大いに感じ、十七歳のとき、ひそかに「寡欲録」という文章をかき、みずからのいましめとした。
「君はすでに二十をすぎて二年である。嘴の黄いろかった十七歳のときの決心に義理をたてなくてよいではないか」
「これは江幡君のことばともおぼえぬ。人間たる者、自分への約束をやぶる者がもっともくだらぬ。そういう吉田寅次郎なら、江幡君においても私を友とするに足らず、よろしく捨てよ」>>

 今やっている「カロリー・ダイエット」と吉田松陰とを比較するのは誠にご無礼なこととは思いますが(笑)、最初の目的はダイエットでもやがて「食欲」との戦いになります。目的意識が「欲に耐えうる自分」を鍛えるというか、楽しむということに変わっていきます。

 周りのかたがたへこれを薦めようとは全く思いません。むしろ、「狂人」視されてるかも?(笑)。ただ、人々の私利私欲の問題は、心を養うことだけではなく、社会を良くすることと密接に関わっていると考えています。

 「狂」への道を敢えて選んだ吉田松陰を尊敬しています。

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